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SUNNYSIDE STORY

元引きこもりの責任者が、誰よりも人を信じることができる理由 堀江竜平

2019.01.06

「ほんま成長したよなぁ。入った時は人とまともに話せんかったもんなぁ」昔の堀江さんを知る人は口々にこう話します。堀江さんがサニーサイドに入社した時、誰も今の姿を想像していませんでした。引っ込み思案で人と話すのが苦手だった堀江さん。今では100名近いスタッフを抱える責任者です。「自分でも想像もしてなかったですよ(笑)」いつも笑顔で明るい25才の責任者。ここまでくる道のりは決して平坦な道のりではありませんでした。

「当時の僕が今面接に来たら、絶対採用しないですね(笑)」今では面接官を勤めることもある堀江さんに、当時を振り返ってもらいました。「人と目が合わせられなかったので、目線は常に机でしたし、普段声を出さないので、面接でもめちゃくちゃ小さい声しか出せなかったんです」中学校でいじめに遭い、卒業と同時に引きこもり生活を1年間続けていた堀江さんが、サニーサイドの面接に来たのは今から約8年前。働き始めた頃は体力的にも周りについていけず、開始30分でへばってしまうこともあったそう。「何度も逃げ出したいと思いましたけど、ここで逃げ出したらまた元に戻ってしまう気がして頑張りました」引きこもり生活から抜け出して働く。ともすると簡単なことのようなことに聞こえますが、本人にとってはとても大きな一歩。生活リズムも関わる人も変わる。そうした大きな変化の渦の中で、自分の足で踏ん張るための苦労は、並大抵のものではなかったのだと思います。

くじけそうになりながらも、なんとか食らいつきながら少しずつ成長してきた堀江さん。仕事を始めてから3年がたった頃、さらなる成長の機会を迎えます。「高松の現場の責任者を任されたんです。最初は『なんで僕なんかにやらせるんだろう…』と思いましたよ。あの1年間は本当に大変でした。」日頃の仕事ぶりを評価されての大抜擢。若干二十歳の責任者です。自分よりも年上の人をまとめつつ、結果も求められる立場でした。肉体的にも精神的にも大変な経験だったろうと思います。それでも死に物狂いで仕事に取り組んだ時間は、堀江さんにとってかけがえのないものになっていました。「でも、あれは本当に良い経験だったなぁと、今になって思うんです」当時を思い返す堀江さんの表情は、大変だったという言葉とは裏腹に、どこか誇らしげにも見えました。

ひきこもりから責任者へ。堀江さんが歩んできた8年間には、たくさんの「困難」「挑戦」「成長」「希望」が詰まっています。もしかしたら他の人よりもその密度が濃いのかもしれません。でも、だからこそ、自分でも想像のつかなかったような成長を遂げることができたのだと思います。冒頭で堀江さんについて「いつも笑顔で明るい」と伝えしました。確かにいつも笑っている印象の堀江さんですが、何故、そうした印象を持つのかと、ふと立ち止まって考えてみると、それが堀江さんの日頃の言動にあることに気が付いたのです。堀江さんは日頃からほとんど後ろ向きな発言をしません。もちろん、たまには愚痴っぽくなったりすることはありますが、滅多にない。大抵の場合は、ユーモアを持って前向きな言葉を口にします。特に、問題が起きてみんなの眉間にしわが寄りそうになった時「楽しくなってきましたね」と笑って話すのです。こうした言動は「人を信じる気持ち」から生まれてくるものなのだと思います。これまで堀江さんがたくさん経験した「困難」「挑戦」「成長」「希望」は、自分の自信になり、人を信じる力になっていました。

「よく耐えたなぁ、あの時くじけとったら今ここにおらんでって、昔の自分に言ってあげたいですね」堀江さんが歩んだ8年間は、サニーサイドの歴史そのものでもあります。個性的な仲間と共に多くの困難に挑戦し、少しずつ成長しながら希望を持って明日に向かって進んできました。その中で人を信じる文化、個性を受け入れる文化が培われてきたのです。その文化の中心にいるのは元ひきこもりの責任者。人の個性を、可能性を信じる責任者です。毎日たくさんの仲間と共にサニーサイドの文化を育てています。今日もどこからか楽しそうに話す堀江さんの声が聞こえてきました。「あの子、ほんま成長したよなぁ。入った時は人とまともに話せんかったもんなぁ」

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