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SUNNYSIDE STORY

今日は25年ぶりのなみだ飯

2017.06.13

6月13日晴れ
今日の晩ごはんは、鶏肉の唐揚げとインスタント味噌汁。
唐揚げは母がつくって持ってきてくれた。いつも母がつくる唐揚げは骨付きの物や、衣が多いガツガツしたもの。
母がこの唐揚げを作ったのは生まれて初めてみた。
とてもうれしかった。
今日のおかずは最高だ。
僕は、ケ◯タッキーとか◯鶴なんかより、このうすく塩胡椒しかされてない鶏肉が大好き。
あと、大好きなのは、卵を炒って醤油をかけただけのもの。
いくら美味しくて、きれいで、贅沢なものより、こっちのほうがうれしい。
その理由は大好きだった祖母がよくつくってくれてたから。
以前ブログに書いたが、僕の両親は貧しくて、それが原因で小さい子供二人(僕の兄)を亡くした。
だから、両親はお金のために一生懸命になった。
そして、僕は生まれてからすぐに保育所に預けられ、二人は休みもなく朝早くから夜遅くまで働いた。
だから僕は赤んぼうのころから、いつも一人。
一番身近な存在である親に自分のことを話したり、ワガママ言ったり、甘えたりする経験なんかなかった。相談事すらもしたことがなかった。
こんな風に育ったせいか、少し大きくなってから今でも、自分の気持ちを表現したり、相手に伝えることが極端に苦手
(メールはほんとに恐怖)
例えば、相手への心の許しかた、接し方、その度合いも、経験不足で苦手で、めちゃくちゃ慎重になる。
小学校のときは授業で指名され、その問題の答えがわかっていても、人前で話すのが怖くて言葉が出ずに泣いてしまっていた。
小学校5,6年のときには、とても厳しい?先生が担任になった。
僕は、そんな自分の情けない欠点を先生にも言えず、ただの不勉強な子供と判断された。
そして、そんな僕を皆に見せつけるように、毎日、毎時間、指名される。
当然僕はいつも答えられず、黙って立ったまま泣いている。
そして、みんなの前で叩かれ、僕は泣き、後ろに立たされ、クラスメイトに笑われる。
そんな毎日、学校楽しいわけがない。
生きてく自信、希望なんか出来るわけがない。
毎日が不安で、寂しかった。いつも爪や鉛筆をずっと噛んでいた。(おかげで歯並びがわるくなった…)
けれど、両親が一生懸命に頑張ってる背中を見ているし、心配や迷惑かけたくなかったから、毎日学校にだけは行くことは心に決めていた。
今では冗談みたく言えるが、あのときに登校拒否という手段をしっていたら、もしかしたら小学校を中退!?してた。
そんな中、唯一の心の支えは祖父母だった。
子供のとき、学校が終わったらいつも祖父母の家に行き、晩ごはんをつくってもらい一緒に食べていた。
祖父母も貧乏だったから、そんなにいいものはなかったが、それでもこの唐揚げと卵を僕が好きなのを気づいてた祖母はよくつくってくれた。
辛い毎日だったが、温かいご飯を食べれば不思議と元気を出せた。
思い出にあるのは、いつも嬉しそうにつくってくれてたこと。
いつもそれが本当においしくって。
いつも本当にうれしかった。
多分、今こんなふうにいられるのは祖父母のおかげだと思う。
こんな話しや、この料理のことを母に言ったことはなかったが、なんでだろ?
天国の祖母に何かが伝わったのかな?
大丈夫よ。
過去のおかげで、今があると思ってる。
忍耐力と責任感は誰にも負けない。
誰かに心配かけたくないし、甘えちゃダメなので、元気出して、胸はって笑っていかなきゃと思ってる。
よくわからない話になってしまった。(^^;
まぁとにかくこの唐揚げに感動して、過去を思い出したってことです。
すみません(-_-)

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