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SUNNYSIDE STORY

生きがい

2016.05.10

最近こまめに文章を残すようにしている。

シャイな自分としては、なかなかの苦行だが努力している。

もちろんこれは、自分たちがやっていることを周りに知らす意味もあるが、実は内向き、個人的な気持ちが強い。

何を考え、よろこび、苦しんでいるかを知ってもらうことで、次につづく者の何かの役に立てばいいなとも思っている。

かつ、今はもう会えなくなってしまったけれど、素敵な思い出や様々なアイデアやアドバイスを与えてくれた大切な仲間への活動報告みたいな気持ちがある。(今も影ながら応援してくれていたらうれしいのですが・・・)

それに、6期目を迎えて会社も規模が大きくなり、僕を含め、みんな見える景色も変わってきている。

前みたいに、顔を見合ったり、声を掛け合ったりすることはなくなったけど、心は離れていないことも伝えたい。

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経営をしていて意識していることがある。

それは、自然のサイクルに合わせて会社を動かすこと。

イメージ的にいうと農業と似ている。

収穫の後には、必ず休み、地力を戻すことを心がける。

サニーサイドにとって5期目は大きな収穫の年でした。

よって、6期目は、いったん整えるということを意識したいと思う。

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さて、6期目を迎えて、僕らは一度足元を照らしてみてはどうだろうか。

カッコつけて経営者的にいうと、量的拡大から質的充実、物質的価値から精神的価値へ視点を変えるということだ。

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当たり前のことだが、どの仕事でも「人と人とのつながり」が基本。

特に僕らサービス業はそれが「要」である。

社内の人間関係が大きく成果に影響するのが経験でわかる。

規模が大きくなってきた今こそ、一度、それを見直す必要があると思う。

「人と人とのつながり」をベースとし、結び合い睦みあうようなみずみずしい人間関係、信頼関係が、働く仕合わせ(やりがい・生きがい)につながる。

それがあってこそ、社員の一人ひとりの未来への可能性(やる気、能力)を引き出すことができる。

また一方で、良かれと思い「ああもしてあげる・こうもしてあげる」というのは、単に依存心を生み、考える力を萎えさせるだけである。

僕らはよせられた期待すべてにこたえることは出来ないし、僕らにはそんな力はない。いたづらに失望を招くだけである。

それよりも、経営者や上司がやっていることもわかるじゃないか、という理解というか、(共感をもたれるというか、)

そういうものが社員の心の中に残るようなことが大事ではないか。

それには経営者自身の普段のあり方とかが、まず第一に大事なのではないかと思う。

うちの会社は、上の人もいつも汗をかいているじゃないか。

だからオレたちも、頑張ろうというような、そんな一体感のある組織。

それを感じられるのが経営者のよろこびだと思う。

目的に向かい、つながることの大切さ、一体感を持てることの仕合わせ。

僕はそこに経営者の仕事としての魅力を感じるし、その道を求道していきたい。

一朝一夕にはできないが、常に心にとどめて置くこと、

それに向かい、当面する困難に立向かい打開していくこと。

また、その過程を一歩一歩踏みしめて行くことが僕らの「生きがい」というものではないかと思う。

形正しければ影曲がらず。

ともにがんばろう。

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サン=テグジュペリの「人間の土地」の一節から
“愛するということは、おたがいに顔を見合うことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだと。ひと束ねの薪束の中に、いっしょに結ばれないかぎり、僚友はなく、同じ峰を目ざして至り着かないかぎり、僚友はないわけだ。”

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