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SUNNYSIDE STORY

生きる理由があれば耐えられる

2019.03.12

昔から「食」へのこだわりが有りません。

だから毎日外食でも問題はないのですが、最近は近くに住んでいる母が気を遣って料理を作ってきてくれる回数が多くなり、本当に助かっています。

それを周りの人にいうと、

「いつまでも迷惑をかけている。」

「少しは負担をへらして楽にしてやるべきだ」

と言われることがあります。

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昔、父から祖母が亡くなった時の話を聞いたことがあります。

共働きだった両親はいつも朝早く出勤し、帰ってくるのも遅かった。

だから朝食は自分でパンを焼き、昼は給食、夜は祖父母の家で食べていた。

祖父は僕が15歳の時に交通事故が原因で入院生活になり、そのまま亡くなった。

祖母はしばらくは元気がなかったけれど、すぐに立ち直り、高校に通う僕にご飯を作ってくれていました。

そして18歳になり、大学に通うようになった僕は、バイクや車を手に入れ、アルバイトで稼いだお金で外食をし、彼女や友達の家に入り浸るようになりました。

そうして祖母の家に行くことはなくなっていきました。

すると、たちまち祖母は体調を崩して入院生活となり、そのまま2年後の僕が20歳の時になくなりました。

その時に父が言っていました。

亡くなる間際、祖母は

「周平のお世話をするという自分の役目がなくなった。そろそろ祖父の所にいく」

と言っていたそうです。

*****

「仕事がある、役目があること」

誰かから必要とされているのはありがたいことだなぁ、、、と思いながら

今日も母の料理を食べ、

「辛いだ、濃いだ」と注文をつける。

けど、最後は

「いつもありがとう」

*****

人は誰しも「孤独」に弱い。

だから「誰かに必要とされる」ことで「承認欲求」や「自己肯定感」を得ながら、何とか気力を保ってる。

けど本当はね、社会では、みんな、どこかで、誰かの、役に立っているんじゃないかと思う。

それも毎日。

でも、役に立ってることに気づかなかったり、そこに喜びを見出せない時、社会の中で居場所を見失い、不安におちいるのだと思う。

大切なのは言葉でも何でもいいから、それを「実感」できること。

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